ピースボートから帰ってきた~③

★【ピースボート報告その3】

 
伊方原発が再稼働してしまいました。心からの怒りを感じます。
ピースボート報告、3回のつもりだったのですが伸びてしまって4回になってしまいました。今回は3回目、沖縄編です。
   肌をこがすような猛暑の中、ピースボートは沖縄の那覇港に入港。私は辺野古に行くツアーバスに乗り込みました。 沖縄戦のとき多くの住民が逃げ込んだガマに着くと、20人ほどの若く屈強なアメリカ人男性がガマを覗き込みながら、アメリカ人男性の説明を聞いています。
「新配属の米兵が“いかにして先輩兵士が勝利したか”の講習を受けているんだろう」。ツアーガイドの男性が苦々しげに話します。

  
   辺野古の大浦湾は、いま国の工事がストップしているために車両やボーリング船の姿はありませんでした。キラキラとエメラルドグリーンにかがやく海の美しさといったら!波打ち際な何匹もの小カニ。基地建設に反対するため海岸にたてたテント村の村長、安心富さんがこう語ってくれました。

「今は、沖縄の経済界も基地反対で大同団結しています。20年前は全沖縄のたたかいになると思わなかった。きちんと方針を立てていけば、みんなまとまるのです。沖縄の未来は沖縄が決めていく、という気運が高まっています。政治やジャーナリズムが堕落してしまった今、国民まで堕落してしまったらあとは戦場です。今の政治のあり方を変えなければ。変えるのは、私たちです」。

 米軍のキャンプシュワブ前ゲートで、日韓の参加者がいっしょにプラカードをかかげて「基地いらない」デモ。韓国の男性がマイクを握りました。「沖縄 は、日本の民主主義を守るたたかいです。私はここに来て、“韓国から辺野古に記者をおくらなければ”と思いました」。

 嘉手納基地を見渡せる道の駅の屋上に立つと、わずか15分の間になんども戦闘機の離発着訓練。耳をつんざく大音量とともに。 テント村村長の安心富さんの言葉をかみしめます。
「いつも勝つとは限らない。負けて勉強し、また前へ進もう」。