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関電火山灰問題を手掛かりに、バックフィットといいながら基準不適合でも原発を止めない規制委の姿勢を批判する毎日新聞日野記者の渾身の記事がWEBアップされました。ぜひご一読ください。(阪上 武)

https://mainichi.jp/articles/20200628/k00/00m/040/160000c…

■原子力規制委は「バックフィット命令」に及び腰? 発令1件「抜きたくない宝刀」

毎日新聞2020年6月29日 05時00分(最終更新 6月29日 05時00分)

 原子力規制委員会は、福島の原発事故を教訓に、既存の原発に追加の安全対策を課す「バックフィット」に力を入れる姿勢をアピールしている。しかし、基準不適合と評価した原発を停止させたり、改造させたりする命令の発令はわずか1件。法改正して手にした権限は「抜きたくない宝刀」となっている。毎日新聞が入手した音声記録には、専門家から火山灰対策が過小と指摘された関西電力3原発の運転停止を懸念し、「基準不適合」の認定を回避しようとする更田(ふけた)豊志委員長の発言が収められていた。事故によって原子力規制は本当に生まれ変わったのか検証する。【日野行介/特別報道部】

■運転止めたくない?

 「基準を満たしていない時点で停止するというチョイスさえあり得るんじゃないですか、『ゼロ案』として。私だったらそうします。委員長はバックフィットには猶予が要るんだ、猶予がないでいきなりやる(停止する)と結局原子力の安全を阻害するという変な哲学をお持ちだ。しかし火山はいつ噴火するか分からな
いんですよ」

 原子力規制委が関西電力の3原発に求める火山灰対策の方針を非公開の事前会議で決めた問題に絡み、本多平直議員(立憲民主党)は5月19日の衆院原子力問題調査特別委員会で、規制委が原発の運転停止を検討しなかったことに疑問を投げかけた。

 それに対し更田委員長は「大山は活火山ではなく、火山灰の層厚に関しても、元の設置許可の時点で大きな裕度を取った評価がされている」と判断の妥当性を強調。「差し迫った危険、即座に止めるような、停止を命じなければならないような危険が認定された場合は、原子力規制委員会はちゅうちょなく原子炉の停止を命じる」と反論した。

 だが、毎日新聞が入手した事前会議の音声記録には、国会答弁と食い違う発言が収められていた。

 2018年12月6日にあった非公開の事前会議には、更田委員長や担当の石渡明委員、原子力規制庁の安井正也長官(当時)らが出席し、約1時間にわたって開かれた。文書指導で設置変更許可申請を促す①案(文書による行政指導案)と、関電にいったん火山灰想定の再評価を命じる②案(再評価命令案)――の両案の手順やメリット、デメリットが書かれた配布資料を基に検討。規制委の判断として「基準不適合」を認める格好になる①案を退けた。翌週12日の委員会(公開会議)には②案のみが示され、わずか5分の審議を経て、委員5人全員の賛成で正式決定した。

 規制委が安全審査で新規制基準を満たしていると認めなければ、原発は再稼働できない。逆に言えば、想定リスクに耐えられない基準不適合だと判明した場合は運転を止めるのが原則のはずだ。しかし、規制委はそうしなかった。それどころか、音声記録によれば、更田委員長は運転停止を回避することに腐心していた。

 「そこで止める止めないの話になると、改善っていうのはできない話になるね」「新知見が出てきて極端にジャナライズすると、今度は新知見が出てこなくなる。(電力会社に)隠蔽(いんぺい)される形になる」

 更田委員長は、マスコミが「原発がリスクに耐えられないのでは」と報じた場合、電力会社が運転停止を避けるため、仮に自ら新知見を見つけても隠してしまうと考えたとみられる。

■関電従わずやっと1件

 一般的な工場では、役所が安全基準を満たしていると認めて設置を許可し、その後に想定リスクに耐えられないと判明しても、ただちに工場に安全対策を追加させたり、安全審査をやり直したりするのは難しい。企業の営業権や財産権を侵害しかねず、訴訟を起こされる恐れがあるからだ。

 それに対し原発はひとたび事故が起きれば被害が甚大なため、最新の知見に合わせた基準を常に満たすよう、規制当局が審査のやり直しや追加の安全対策を電力会社に求めることが一般的だ。国は06年から、原発耐震性の再評価を電力会社に求める「耐震バックチェック」に着手してはいたが、東京電力福島第1原発の事故は起きた。

 福島沖を含む日本海溝沿いで巨大津波が発生する可能性があるとする政府の地震調査研究推進本部の長期評価を受け、対策工事が必要となる津波想定が出たにもかかわらず、東京電力が工事を先送りして運転を続けたことが事故につながった。

 事故を教訓に国は12年6月、原子炉等規制法を改正。規制当局が基準不適合と認めた場合に、原子炉の停止や安全対策を電力会社に命令できる条文が付け加えられた。これがいわゆる「バックフィット命令」だ。

 翌月の参院環境委員会で、規制委の前身である原子力安全・保安院の山本哲也首席統括安全審査官(当時)は「事後的に許可基準に適合しないこと(基準不適合)が判明したとしても、使用の停止、あるいは許可の取り消しといった措置を講じることができる規定が存在しないことは事実。(法改正によって)使用の停止あるいは設備の改造、場合によっては許可の取り消しができるような制度ができると考えている」と答弁。命令権がなかったことが事故を招いたとの認識を示し、バックフィット命令の意義と必要性を強調した。

 それから8年。規制委がこれまでに出したバックフィット命令はわずか1件。しかも、火山灰対策の問題で規制委が促した設置変更許可申請に関電が従わなかったため、やむを得ず発令したものだった。

 規制委からの再評価命令を受け、関電は19年3月末、火山灰想定を最大で2倍超に引き上げる報告書を提出した。規制委は設置変更許可申請を出し直すよう打診したが、関電は拒否したため、同年6月にバックフィット命令として再申請を命じた。しかし、「大山は活火山ではない」として運転停止は求めなかった。

 毎日新聞が入手した事前会議の配布資料には「事業者の意向を確認すれば、設置変更許可申請を行う方針を表明すると考えられる」と記載されていた。規制委は既に関電の火山灰想定が過小だと認定しており、再評価命令によって関電が想定を引き上げる報告書を提出すれば、既許可に記載されている想定との差が明確になるため、関電が自発的に申請を出し直すと規制委は踏んでいた。もくろみ通りに事が進めば、規制委が基準不適合と判断しなくても許可を変更できる――。極力、バックフィット命令の発令を避けたい規制委の意図がうかがえる。

■誤り認めたくない?

 「元々、行政指導ベースでやっていたのだから、法改正しても容易に命令は出せないだろうと思っていた。命令すると、基準不適合と判断した理由を電力会社に説明しなければならず、それは自己否定となり得る」

 海外の事例も含めて法的観点からバックフィットを研究している国学院大の川合敏樹教授(行政法)はそんな感想を漏らした。

 「自己否定」とはどういうことか。規制委は安全審査で新規制基準に適合していると認めた原発に対して設置変更(再稼働)を許可している。事後的に基準不適合を認めることは、それ以前にお墨付きを与えた自らの判断を否定することになる。

 この「自己否定」を意識しているとみられる更田委員長の発言が事前会議の音声記録に収められていた。

 「余計な話になるが、火災報知機について、事業者側が(基準不適合ではなく)要求の引き上げだと主張している。彼らは元々2種類のうち一方は対象物に応じた適正な配置をしているから(基準を)満たしていると。私たちは事業者の話を聞いて満たしていると思ったから許可を出したわけですけど、見てみたらなかった。あれ(火災報知機)よりはこれ(火山灰)の方がましだと思っているんだけど、科学だから後から分かることもあるから。ただし不適合状態だから取り戻しにいきますというと、それまで(運転を)止めておいてくださいと来る」

 事故後に制定された新規制基準では、熱と煙など異なる種類の火災報知機を組み合わせて設置するよう電力会社に求めている。しかし規制庁の担当者が18年5月、四国電力伊方原発(愛媛県)を視察した際、熱報知機が少ないことを発見。伊方以外の原発も同様の状態と判明し、規制委が対応を求めたところ、電力会社側は追加設置する意向を示したものの、基準不適合ではなく、規制委が引き上げた基準に適合させるという形にしてほしいと要求した。

 規制委は同年12月12日、大山火山灰問題で関電に再評価命令を出したのと同じ委員会(公開会議)の場で、電力会社側の主張をのみ、設置完了まで5年間の猶予を与える方針を決めた。これなら運転を停止させず、定期検査で原発が停止している間に工事できる。

 更田委員長は委員会で「要求水準の引き上げに相当してバックフィットをかけるという事例ではあるのですけれど、よく気づいてくれました」と規制庁の担当者をねぎらう一方、「今後、検査に力を入れて、現状、本当に事業者が言っている通りになっているかどうか、言葉は悪いけれども、裏を取ってもらえませんか。きっちりと」と述べ、電力会社への不信感をにじませた。

■事故前と大差なし

 そもそも、バックフィットとは何だろう。
 本来は運転停止も辞さない姿勢で電力会社に厳しく対処するための武器であるはずだ。だが、導入から8年が過ぎ、運転停止を嫌がる電力会社と、過去の誤りを認めたくない規制委によって換骨奪胎され、運転停止を回避するためのマジックワードになっていないだろうか。
 私は今年4月8日の記者会見で、更田委員長に改めてバックフィットの定義を尋ねた。
 更田委員長はこう答えた。「バックフィットとバックフィット命令は別物」と前置きしたうえで、「命令はバックフィットを実現するときの方法の一つでしかない。既に許可を得ているものに対し、基準を引き上げ、それへの適合を求めるのもバックフィット。事業者が適合させる意思を示している時は命令を出す必要がない」
 火山灰対策の問題で関電は、安全審査のやり直しに消極的だった。それならば、関電に対し最初から再申請を命じるバックフィット命令を出せば済んだのではないか。そう尋ねると、更田委員長は「あのケースではノーでしょう。できないと思う」と答えた。
 「法的に不可能なのか。検討したのか」。質問を重ねると、更田委員長は壇上でうつむき、頭をかきむしりながら、「可能かどうかの……。記憶にない。(検討)していないでしょうね……」と言いよどんだ。
 5月13日の記者会見でも質問した。火災報知機のように、基準不適合と認めず、追加の安全対策を行政指導で求めた場合も、「バックフィット」をさせた扱いになるのか。そう尋ねたところ、更田委員長は「そこまで厳密な言葉として、私たち、少なくとも委員会のレベルでは使っていない。どちらにしてもバックフィットという言葉を使っている」と定義が曖昧なことを認めた。
 その後、規制庁広報室に対して、これまでの「バックフィット」を実施した件数を尋ねたところ、火災報知機を含む11件との回答があった。繰り返すが、11件のうち事故後の法改正で導入された「バックフィット命令」を行使したのは、関電に求めた火山灰対策だけだ。
 それならば、規制委と電力会社が「バックフィット」と呼ぶ行為の大半は、事故前から行われていた行政指導による規制と同じではないか。そう尋ねると、更田委員長はまた口ごもった。
 「事故前であっても、今言っているところのバックフィットは不可能ではなかったと思う……。どうだろう……。バックフィット命令というのは強力な武器なので、存在することによって、他の手法に対しても有利に働いているところがあると思いますが。ただ、あの、どうですかね、日常的にバックフィットという用語を使うときに、条文上のバックフィット命令だけを意識して使っているわけではありません」
 こうした更田委員長の発言をどう理解すればいいのだろう。新規制基準の策定に携わった明治大の勝田忠広教授(原子力政策)は「基準不適合ならば、運転を止めるのが本来の判断。止めなくてもいいというのであれば、その基準を明確にすべきだ。電力会社が止めたくないと思うのは分かるが、規制側も同じ気持ちでは事故の反省が全く生かされない」と批判する。

 原子力規制委員会は、福島の原発事故を教訓に、既存の原発に追加の安全対策を課す「バックフィット」に力を入れる姿勢をアピールしている。しかし、基準不適合と評価した原発を停止させたり、改造させたりする命令...